「わもん至法」とは、「わもん」があり方として、その「わもん」をベースにしたやり方のことを指します。
もともとは「わもん兵法」と呼んでいたのですが、「兵法」と聞くと「戦略」や「戦術」を思い起こし、「戦い」をイメージすることから、別の名前をつけようということで「わもん至法」となりました。
「至宝(最高の宝)」にもつながりますね。
ナカジさんが「至法」の「至」という漢字の成り立ちを調べたところ、もともと「至」という漢字は、矢が目標地点に飛んでいき、刺さった様子から作られた漢字だということです。
私の手元にある漢和辞典にも、「『矢が下方に進むさま+一印(目指す線)』で、矢が目標線まで届くさまを示す」とありました。
ついでといっては何ですが、「至法」の「法」という漢字も調べてみたく思い、同じく漢和辞典で引いてみたところ、漢字の「法」の成り立ちが以下のように記されていました。
「水+廌(タイ。シカと馬に似た珍しい獣)+去(ひっこめる)」で、池の中の島に珍獣を押し込めて、外に出られないようにしたさま。珍獣はその枠の中では自由だが、その枠外には出られない。広くそのような、生活にはめられた枠をいう。「枠」というと少しネガティブなイメージもありますが、「法」には「模範」「手本」というような意味もあります。
「わもん至法」の「至」や「法」の漢字の成り立ちを調べていくうちに、私の中にひとつのイメージが湧き上がってきました。
矢が水中を深く深く進んでいくイメージです。
矢が下方向に、水底に向かって、水を切り裂きながら進んでいきます。
水が去っていくような勢いで。
そして、矢が目標線に届くと、そこには、「珍獣」がいる(笑)
それは、深海魚なのか、ミジンコなのか。
「わもん至法」とは、ミジンコ(直感)を捉える方法なのかもしれません。
聞けば叶う〜わもん入門